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夏のさっぱりメニュー・そうめん冷やし汁 

そうめん冷やし汁

【材料】
きゅうり 1本
トマト 1個
ピーマン 1個
みょうが 2個
いんげん 5本
そうめん 250g (5束)
白胡麻 1/2c
麦味噌 15g×5=75g
出し汁 5c
梅酢 少々(叩き梅でも良い)

【作り方】
1.きゅうりは塩で板ずりし、薄い輪切り。
 トマトはさいの目切り。
 ビーマン、みょうがは薄切り。
 いんげんは塩茹でし、小口切り。

2.そうめんは茹でて水で洗い、皿に盛る。

3.すり鉢の中で白胡麻をよくすったところに、
麦味噌をさらにすり合わせ、出し汁、梅酢を入れ、つけ汁を作る。

4.つけ汁に具の野菜とそうめんをいれて頂く。
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夏を感じる日常生活今昔 

夏至を迎えて今年の空梅雨は、本格的な暑さで日本全土を脅かしています。千葉県の農家がキャベツの値段調整で、美味しそうなキャベツ畑をブルトーザーで畑の土に鋤きこんでいます。キャベツが嘆いて土に返っていきます。



わたしの最近の生活は家事の時間、くつろぎの時間、そして書くことのために読みさしの本を読み、パソコンに向かう時間で一日が終わります。

若いときに考えていたのですが、歳とって主人と二人きりの時間がきっと退屈するだろうと思っていたことが嘘のようです。

早朝の3時~5時は前夜の過ごし方、食べ方で睡眠がうまく取れていればまさに快眠、快便(失礼、でもこれは健康のわかりやすいバロメーター)、快食快汗(ほとんどの時間は、汗を流して家事に費やしています)のラインに乗っていけます。

アパートに入りきれないほどの本たちとの格闘もそろそろ最終章に向かっています。片付けは自分の頭の中を活性化することに繋がって感動ものです。

昨日は二階の自分の部屋の片付けで、押入れの寝具の整理でした。そう言えば母が田舎の家でこの時期のしていたさまざまな家事を思い起こしていると、古い布団の中綿を打ち返して、新しい布団の綿入れを盛んにしていました。
inaka明治人間の母は、着物で一生過ごした人で、白木屋デパート火事の事件で燃えている建物から飛び降りられなかった売り子さんの姿とダブってきますが、母も下着は洋風ではなく腰巻を使った純日本風の着物姿でいました。日本手ぬぐいを頭にかぶり、たすきがけで、着物を袴式のもんぺに入れてこまめに指示して作業を進めていました。

先日母の残していった着物類を、知人を通して持っていってもらいましたがたくさんの着物地の中に、懐かしい着物地が出てきました。わたしの若い時に着せてもらったお気に入りの着物地が、洗い張りを済ませて一匹の反物になって保存されていました。

暑さがやってくる6月~7月に、家の中は冬布団から、夏布団に変わる大切な時期になっていたのです。二階の8畳の部屋が二間繋がっていたので、仕切りの襖(ふすま)を取り除き家族8人分のかけ布団、敷布団の綿入れを順番にしていくのです。

信州は暑さより寒さ対策が大切ですから、布団の厚さや肌触りを大切にした母の家族に対する心配りが感じられました。ふかふかになった布団を押入れに入れるのがまた大騒ぎでした。子どもたちは押入れに入って遊ぶ楽しみを味わっていますが、母は手早く片付けてご飯の支度をしなくてはと急いでいたのでしょう。

見ていると木綿の布地と着物をほぐして、洗い張りした布地を冬中に縫い合わせておいて、準備をしっかりしてくれていたのです。中綿を固定するために長く太い布団針に黄色の太い糸を通して、しっかり止めていました。布団の四隅の飾り止めは面白いほどで、母の手は魔法使いのようでした。リリアンの飾り止めみたいで格が上がった布団に生まれ変わっていました。

ある夏のこと「ピンポンの布団」と呼んでいたわたしの夏がけを作ってくれました。母が若い頃にわたしの着物に仕立ててくれた反物で、お気に入りの柄のものでした。

また、夏の着物の帯を買いに呉服屋さんに行くことも多く、着物の展示してあるお店に行く時は、母が耳の後ろに練り香水を、すーっとさりげなく塗って、いい匂いのする一寸汗ばんだ母の顔が若々しく、はっとすることもありました。

先日姉の家の片付けのとき、母の大切にしていた三段重ねの桐の箪笥を片付けていて、あの時もう60年以上も前に、母が使っていた練り香水の小さな桐の箱が出てきて、メノウの石をくりぬいた入れ物に、母の香りが残っていたのです。持ち帰ってきて匂いを嗅いで、嗅覚を通して当時の風景が蘇ってきて、さまざまなわたしの古い記憶を呼び覚ましてくれました。

父が倒れて10年間しっかり付き添って看病した母の姿を忘れることはできません。余程母は父に惚れていたのでしょう。医師の不養生、看護婦の見事な看病ぶりを今もわたしたち兄弟姉妹は誇っています。どんな時も連れ添って生き抜いた両親の姿はわたしたちの夫婦間にも流れています。

便利な洗濯機、クーラー、冷蔵庫も無い時に、肉親だけで看病する大変な時に母は看病を見事にしていました。わたしも何度か父のそそうをした時、夜中に起こされて母を助けた思いではありますが、思い父親を二人で抱えて着物を全部取り替え、洗濯して綺麗にするまでは、随分時間も力の精神力も鍛えられました。

苦い思い出と共に涼しい信州の佐久の思い出は、こころ深く肉親の深い絆作りに大きな力を与えてくれたことが、確認できて嬉しいものです。夏の思い出として布が、わたしのからだに埋め込まれている情景を見事に浮き立たせてくれました。
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