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自分の体に必要なものを、楽しく食べる“楽食”のすすめ 

母乳育児への軽視が日本人の感性を鈍くした



--青少年犯罪の問題が、食生活の乱れという側面から考えられるようになったのは、最近になってのことですが、沢田さんが育児における食事のあり方に注目されるきっかけとなったのは、どのようなことからでしょうか?

澤田:
お腹の中で赤ちゃんが育っているときにお母さんの食事がどう影響するのか、味覚がちゃんとするためには、どんな段階、過程を経て、発達、進化を遂げていくのかということを明解にした上で、味覚や五感がどこで育つのかということを考え始めたのがきっかけです。

そこで最初に気が付いたのは、母乳での育児がいかに大切か、ということですね。というのは母乳の味は、ミルクや牛乳と違ってとても薄いんですよ。今、ファーストフードやジャンクフードがこれだけあふれる社会になってしまったのには、私たちの側にそれを受け入れる素地があったということです。つまり、感性がそれだけ鈍くなってしまったということがあると思うんですが、それはおっぱいをもらわないで育った子供が増えたとという背景と無縁ではないと思います。

-母乳育児って、時代によって流行というか、推奨されたり軽視されたりという流れがありますよね。最近ではダイオキシンの問題で危険視されているような面もありますが。

澤田:
「自然育児 友の会」(横浜支部は「自然育児の会」)という団体があって、そこの幹事をしていたことがあるんですが、そこでは母乳のきちんと出る体を作るための食事や生活の勉強会を行っていました。その主旨は“内臓を鍛えよう”ということで、いい内臓や血液を作る食べ物を摂ることで母乳の出る体にしていくことなんです。やはり基本は食事なんですよね。もちろんこれは子供が産まれてからも大切なことなので、母子教室という形で今でも続けています。



現代ではなくなってしまった基本となる食事

--いい食事とは、具体的にはどんなものなんでしょうか?

澤田:
少し前までは、私も玄米食の普及に携わる活動をしていたんですが、このやり方では厳しすぎて付いてこられる人はほとんどいないんですよ。それに出産や育児って自然なもので、頑張ったり、無理をしてやるものじゃないでしょう(笑い)。しかし、基本となる食事とは、結局は昔ながらの食事。ご飯とみそ汁と漬け物、そして野菜の煮物だということになりますね。

--しかし、それすらも今の食卓では珍しい献立と言えるんじゃないでしょうか? その一方で『粗食のすすめ』という本がベストセラーになったり、という現象も見られますが。

澤田:
普段ファーストフードとか肉や油をたっぷり使った食事をしている人たちが、「母乳を出すために、子育てのために」といって、そうした食事をしても、それは病院での食事療法みたいなもので一定の時期を過ぎると元の食生活に戻ってしまいます。

毎日の食事もまた、「~のために」と力を入れて食べるものではないのですが、その基本がもはや通じない時代なのは確かなようです。ですから、今、私がお母さん方にお話ししているのは「とにかくご飯を食べましょう」ということ。徐々に今の食生活を見直してもらうのに、そこから始めなくてはいけないという現実があります。

--確かに今の若い世代にない食習慣だからこそ、“粗食”という異文化が新鮮に映ったのかも知れませんね。

澤田:
私が日本人の感性が変わってきたな、と思ったのは保育園で働いてきたときです。お母さんの年代が自分より下がっていくにつれて、子供たちの基本的な生活習慣が失われつつあることを実感しました。特に七十年代以降、その変化は急速だったことを覚えています。

食生活の面でも、日本人特有の食文化であったほのかな味わいや香りを楽しむ味覚は失われ、甘さや辛さなどの刺激を求める傾向が強くなっていったような気がします。この“刺激を求める”という点は、食生活だけでなく、生活全般に表れていて、その精神面に与える悪影響は計り知れないものがあります。



家庭の中から“文化”が消えてしまった

--七十年代といえば、日本が高度成長期を経て豊かになりはじめた時期と重なりますが、母親と子供、もしくは家庭のあり方にも変化を感じられましたか?

澤田:
保育園というのは働くお母さんを支えるという前提の施設でもあるのですが、私の考えでは、母乳を与えている時期はやはり母親が育児をすることが自然の理にかなっていると思いますし、できれば二歳半ぐらいまではそれぞれの家庭の文化の中で育てて上げて欲しいと思っています。なぜならそれが個性を育むからです。確かに子供は小さくても集団保育に馴染んでいきますが、その順応性はいい面だけではなく、ある意味では個性の麻痺であり、感性の鈍化である点にも目を向けなくてはいけないと思います。

--しかしそれが理想だとしても、家庭のなかの文化自体が壊れてしまっている、という現実があると思いますが。

澤田:
それが一番の問題なのかも知れません。母親が育児をする、ということに関しても、今、子育て真っ最中のお母さん方は、どのように子供を育てていったらいいのかわからず、真面目で熱心な母親ほど、誤った方向で子育てをしかねないのが現実です。

だから私は、子供に何を食べさせたらいいのかわからないお母さん方に、「まずはご飯を炊いて食べましょう」ということを説いているわけなんです。パン食と違って、和食は手間がかかりますが、「忙しい、時間がない」という人に、何も「みそ汁は出しからとって」とは言いません。温かいご飯に納豆やなめ味噌で食べたっていいんです。しかし、できる範囲からだけでも何もしないよりよほどいい。

--少しずつ感性を取り戻そう、ということですね。

澤田:
コンビニエンスストアで買ってきたお弁当をレンジで温めるだけ、という食事が増えていますが、それだとなかに生野菜が一緒に入っていても平気、という感性が普通になってしまいます。それに疑問を感じる人が増えてくれれば、と思います。そして、その次の段階として、日本独自の食文化である味噌や醤油などの発酵食品のよさを、ぜひ見直して欲しいですね。

--しかし、もう一方では、味噌、醤油にしても、野菜にしても、素材となる食品全体が工業製品のような形で生産され、流通しているという現実があると思いますが。

澤田:
確かに昔と比べて、食物の旬や素材本来の味は失われてしまいましたが、それはある程度、選択できるようにはなってきていると思います。最近では有機野菜や自然食品を置く店も増えてきました。コストの面でも徐々に改善されつつあるのではないでしょうか。



子供の個性と感性を否定する学校給食

--学校給食に関してはどうでしょうか?

澤田:
学校給食というのは、すべての子供が同じ内容の食事を、同じ量だけ食べるシステムになっていますが、人間の体はそれぞれ違うのですから、人によっていろいろな食べ方があっていいはずです。男女差だってありますよね。しかし、そのことは認められない。残すことが許されなかったり、ひどい例になると、罰則やいじめなどが発生する原因にまでなっています。

また、給食で出される食事は、内容的にも決していいものではありません。例えば和食と牛乳、などという組み合わせを子供たちが受け入れざるを得ない、という状況がどれほど感性を鈍らせるのか、考えてもらいたいものです。

--「食育」というと、一日三十品目とか、三大栄養素(たんぱく質・炭水化物・ビタミン)を食べようとか、栄養学的な面からばかりが強調されていますね。

澤田:
栄養失調の子供を救うというのが給食の始まりだったわけですが、しかし、食事で大切なのは知識よりも、それぞれの体が必要としているものを楽しく食べるということです。では、何が必要なのか、ということですが、それはちゃんとした食事で育った子供なら、それが自分でわかるんですよ。

体が弱かったり、アレルギーがある子供は、お母さんが自分や子供の食事に気を使いますよね。だからそうした子の方が、味覚が発達しているということがよくあるんです。保育園でも、いいおっぱいをもらって育った子供は自分の食べ物の好みや量がはっきりしていて、それを選んで食べようとします。しかし、それを皆と同じにしようと強制してはいけないんです。

--日本人の国民性なんでしょうか、「食べ物を粗末にしてはいけない」という道徳観が給食の中にだけ根強く残っている感がありますね。

澤田:
給食の最大の問題点は、生命にも直結する食べ物が自分で選べないということです。しかもこれだけ食べ物が豊富にある中で。逆説的ですが、ある程度飢えがあった方が自分にとって必要な食べ物を真剣に選ぼうとすることから、感性が研ぎ澄まされんですね。

一方、いつも満腹状態の子は、何が欲しいのか自分でわからずに、より甘い、刺激のある物に引きつけられていく。食べ物だって残すことになり、給食は残飯の山。そうなると栄養士さんたちは「どんなものなら食べてくれるんだろう」と、子供が喜びそうなレトルト食品のようなメニューを考えるわけです。今の給食のシステムはそんな悪循環を生み出しているように思いますね。

--解決策はないのでしょうか?

澤田:
給食に関しては、少なくとも個々の生徒が自分で食べる物を食べられる量だけ選べるという工夫が欲しいですね。食の細い子などは、朝食をたっぷりとれば給食はいらない。一日二食でも十分なんですよ。少なくとも、感性を育てるために、飢餓感を経験することことは無駄ではありません。

全体の食生活については、大人が子供に合わせるのではなく、まず自分たちの食事についてきちんとすることです。自分たちがいいかげんなものを食べていて、子供にだけ「これを食べなさい」と言っても、それは無理な注文です(笑い)。そして楽しく食べて、体にいい食生活や文化を子供に伝えていくことが大切だと思います。

「望星 2000年11月号」(東海教育研究所)より
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